このままでは日本の学校教育はダメになる(3)

そして、無難に仕事をこなす人、問題を起こさない人、保護者からツッコミを受けない人、保護者対応の上手い人が出世し、校長や教頭になるようになりました。

さらにその副産物として、学校には隠蔽体質が生まれました。隠蔽できるものは全て隠蔽する。隠蔽すべきないことも無理矢理隠蔽するそのような体質が生まれたのです。

さて、ここまで書いた中では学校の隠蔽体質はあたかも保護者や社会が作り上げたように私が主張しているように見えると思います。実はその通りです。学校の隠蔽体質は保護者や社会に責任があります。では学校側、教諭の側に責任は無いのでしょうか?そんな事はありません。保護者や社会に責任があるように、いやそれ以上に学校側、教諭の側には責任があるのです。

教師の持つべき資質とは何でしょうか?私は教員には様々なバラエティー、様々な個性を持つ人がなることが望ましいと思います。そうすれば子どもたちが様々な刺激を受けて豊かな人間性を身に付けることができると思うからです。そうであっても教諭が必ず持つべき資質があると私は考えます。それは子供たちへの限りない愛情です。自分が接する子供たちを愛し、学校で楽しんで幸せに生活してほしい。将来幸せに生活してほしい。そのために必要な知識や考え方や技能を学校で身に付けてほしい。すべての教師がそのような考え方を持つべきだと私は思います。

しかし、現在の学校で一体どれほどの子どもたちが毎日喜んで学校に行っているでしょうか?私は疑問に思います。多くの子どもたちが苦しみながら学校に行っています。私はその原因をずっと追求してきました。そして現在の学校に根強くある、軍隊教育、服従教育、いじめ教育という問題に気づきました。

学校の体育で1番最初に習うのは何でしょうか。右向け右、左向け左、回れ右です。運動会の入場行進とオリンピックの入場行進を比べてみましょう。何が違いますか?オリンピックの入場行進は、バラバラに選手が思い思いに手を振ったり、笑顔を浮かべたりしていかにもこれから始まる平和の祭典を楽しむ雰囲気で溢れています。運動会の入場行進はどうでしょうか。顔を引き締めて、緊張感にあふれ、縦横の列を乱さずに、歩調を揃えて完全な統制が求められます。運動会の入場行進の目的は一体何でしょうか?このような学校体育の根底にあるものは明らかに軍隊教育です。さかのぼってみると日清日露戦争のあたりから、第二次世界大戦までにそのルーツを見つけることができます。そのようなことをしている他の国はほとんどありません。北朝鮮位のものです。現在の日本に軍隊教育は必要ですか?私は疑問に思います。

次に服従教育です。これは多分私が作った造語だと思います。ぴったりくる言葉がなかったので自分で考えたのですが、ひょっとしたら私以前に考えた方がいらっしゃるかもしれないと思っています。服従教育とはつまりこういうことです。中学校では毎日のように問題が起きます。中学生はまだやっていいことと悪いことの線引きが曖昧です。また自制心も育ちきっていません。ですので毎日のように問題行動を起こします。

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