このままでは日本の学校教育はダメになる(6)

学校におけるいじめは年々、陰湿化巧妙化しており発見が非常に困難になっています。生徒がいじめを教師に報告すると言うのは非常に難しいのです。なぜならばいじめを教師に報告した生徒はちくったと言うことで激しいいじめの対象になります。教師は教師で、中途半端な対応する教師が多いのです。中途半端な対応はいじめを悪化させます。教師はいじめは絶対に許さない、と言う断固たる決意で、いじめを徹底的に解決し、根絶やしする義務があるのですが、現在の教師にはなかなかそのような時間的、体力的、精神的なゆとりがないのです。その結果中途半端な指導に終わってしまい、いじめはより陰湿化巧妙化します。

それを知っているので生徒は教師を信用しません。こうしてますます負のスパイラルでいじめは発見しづらくなっているのです。

それでも教師はプロなのですから、いじめを発見しないといけないのです。いじめを見つけられない教師はプロ失格です。と言いたいところですが、教師の多忙化が生徒と向き合う時間を奪っています。なぜ文科省は教師を多忙日させるのか私にはさっぱり意味がわかりません。

多くの教師は部活動に時間を割かれ、土曜も日曜もなく働いています。保護者はそのような教師を評価します。あの先生はよく働いている。生徒思いのいい先生だ。しかし、教師の評価と言うのは本当にそこでつけられるべきものなのでしょうか?

教師の事務仕事のことを校務分掌といいます。学校にはスクラップアンドビルドと言う考え方がありません。マンパワーが限られているのですから、新しい校務分掌が増えるならば外を解体しないといけませんし、外を解体できなければ新しい校務分掌を増やすべきではありません。

生徒指導に手を抜く事は許されません。生徒支援には時間がかかりますので、結局即効性のある服従教育に頼らざるをえません。

なんで文科省は教師をどんどんどんどん忙しくするのでしょうか?忙しくしなければ教師が怠けるとでも思っているのでしょうか?教師には楽しい授業を準備するための時間と研修が必要です。生徒と向き合い、話し合うための時間が必要です。どうか私たちにその時間をくださいませんでしょうか。

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