公教育はいじめ教育、服従教育、軍隊教育から脱却せよ(4)

私の15年間の教師生活の中で苦しんで苦しんで苦しみ抜いてたどり着いた、教育の中の悪の核心、いじめ教育、服従教育、軍隊教育。

やはり、犠牲者が出てしまった。いや、犠牲者はずっと出ていたのだ。2019年2月9日東京新聞を参照しながら議論を展開する。

山口県周南市で二〇一六年、県立高二年の男子生徒が自殺した問題で「県いじめ調査検証委員会」(委員長・堂野佐俊山口学芸大教授)が同級生からのいじめがあったと認定し、教職員も雑用を押し付けるなどの「いじめに類する行為」をしていたと認めた報告書を2019年2月5日に提出した。

山口県の高2男子生徒自殺で認定された教職員の「いじめに類する行為」

◯全校生徒の前で名前を呼ぶ
体育館で一番後ろにいた生徒に
「◯◯(生徒の名前)聞こえるか」と声を掛け、「え、俺?」と生徒が言って周囲が笑った。

◯全校集会で進路指導の教職員が「〜なんだ
よな、△△(生徒の愛称)」と生徒に話を振ると、生徒が「うぇい」と返した。

(私見)
クラスならともかく、全校生徒の前でただ声が聞こえるかどうかという確認のためだけや掛け合いの相手として個人の名前を呼んで、悪意があったかないかは別にしても笑い者にされるきっかけを作ったのは無神経としか言えない。

◯雑用の押し付け
掃除が終わり使っていた道具について、部活顧問が「◯◯(生徒の名前)に預けとけ、◯◯が片付けるよ」と言った。

(私見)
これは明白ないじめ行為である。これがいじめでないなら明白な根拠を示して欲しい。この教師は辞職すべきだ。そしてこれからの人生を自殺した生徒を弔うために良い行いをして過ごすべきだ。そして教師は皆自分に問いかける必要がある。本当に自分はしていないか?

◯試験中の話し掛け
テスト中に、部活顧問がちゃんとやったんか」と生徒に話し掛けた。

◯対応に困るようなことを言った

◯不必要に名前を連呼した
授業中に部活顧問が生徒を呼ぶ際「△△、△△(生徒の愛称)」と連呼し、生徒は「また俺かよ。」と返した。

(私見)クラスにはおもしろい事を言ったりして、授業などを盛り上げてくれる生徒がいて
教師がついその子にふってしまう事がある。そういう事をするときは他の生徒にもバランスよくふったり、その生徒が笑い者にされないよう細心の注意を払う必要がある。これは教育者として当然の配慮であるがこの事例では配慮は全く感じられず、それどころが完全にいじめと呼べるレベルである。

男子生徒がストレスを感じたと判断した理由として、全校生徒の前で名前を呼んだことに関し「ツイッターへの投稿やテストの問題用紙に、名前を呼ばれることは恥ずかしく嫌だったと主張している」と指摘。雑用の押し付けについては「嫌だと友人に伝えており、理不尽さや負担を感じていたと考えられる」とした。

検証委は報告書で教職員の行為に他の生徒が同調し、次のいじめを生み出す端緒となる可能性があると強調。適切ないじめ対策と部活動運営、教職員による十分な配慮と対応があれば、自殺を防ぎ得た可能性があると結論付けた。

◆教員のいじめも規定を

<教育評論家で法政大特任教授の尾木直樹さんの話> 教員の「いじめ」に踏み込んだ画期的な報告書で知る限り例はない。できるだけエピソードを取り上げストレスを検証したのは緻密で丁寧。一つ一つの事例は体罰より軽く見え、他人からは大したことではないと思えるかもしれないが、被害者の生徒にとっては深刻ないじめだ。指導する立場の教員がふざけたり、いじったりすることでいじめにつながっており、生徒との距離感が問われている。いじめ防止対策推進法にも、教員によるいじめの規定を盛り込むべきではないか。

これを読んだほとんどの教員はうちの学校は大丈夫とか、私は大丈夫だと思うだろう。本当にそうだろうか?本当は日常的にこれに類する教員によるいじめが行われているのではないか?少なくとも私はこれに類する行動を日常的に行う教員を知っている。教員が日常的に行っている教育的とされている行為が実はいじめである事に気づいていないだけなのだ。

生徒は生まれながらの適者、強者生存の本能によりいじめをする存在である。それをしないように家庭でも学校でも理性を育てていく訳だが、私が何度でも強調するのは価値観というのは教える事が出来ない。価値観というのはその価値観を持った人の行いや言動から感染(他家受粉)する物なのだ。

だから、道徳でいくらいじめをしてはいけませんよと言っても、教師がいじめ教育をしていては全く意味がないのだ。

この後も学校の現場でどんないじめ教育が行われているか具体的に取り上げていきたい。

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