ハートネットTV障害者雇用のマッチング

ハートネットTV障害者雇用のマッチング見ました。末日聖徒イエス・キリスト教会では障害者は周りの人に大切な事を気付かせるために選ばれた特別な人だと教えられます。ハートネットTV障害者雇用のマッチングを見て、涙が止まりませんでした。障害者を下に見て雇ってあげようという姿勢ではない、本当に戦力求めて来ている企業様達。ただ、その目線が限りなく優しいのです。自分はまた間違ったなあと思いました。私はここ数年、世の中には悪人の方が多いという考え、人を見たら泥棒と思えという考えに囚われていました。そうすれば、裏切られた時、酷い目にあわされた時にダメージが少なくて済むからです。でも、ハートネットTVを見て、自分はなにをやっているんだ。世の中にはこんなにいい人がいっぱいいるじゃないかと思いました。ハートネットTV障害者雇用のマッチングでは最初に二人一組で10分お話をした後、パートナーについて他己紹介します。次に紙の筒をどうやったら高く積み上げられるかなどいくつかのゲームをします。その後、障害者サポートの専門家はアドバイスをします。アスペルガーの田中さんは空間認識能力が特に優れている事から、建築会社とマッチングされました。建築会社も前向きに採用を考え出してくれました。

第1コリント12:12~27

からだは一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。なぜなら、わたしたちは皆、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によって、一つのからだとなるようにバプテスマを受け、そして皆一つの御霊を飲んだからである。実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それでからだに属さないわけではない。また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。そこで神は御旨のままに、肢体それぞれ、からだに備えられたのである。もし、すべてのものが一つの肢体なら、どこにからだがあるのか。ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである。目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、からだのうちで他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする。麗しくない部分はいっそう麗しくするが、麗しい部分はそうする必要がない。神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである。それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。

私達のあるものは手であり、あるものは目であり、あるものは心臓なのです。みんな違ってみんないい。不必要な人はいないのです。

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