私の犯した過ち(2)


あるいじめを解決したとき、その時もよく調べて、被害者には何の落ち度もなく、加害者が一方的に悪いという状況でした。加害生徒と保護者、被害生徒と保護者を呼び出し、校長質で校長立会いの元話し合いが行われました。この校長は解決場面でだけ出てくるんだなーと思いました。

その時の加害生徒の保護者態度が忘れられません。

「私は自分の子どもに人間並みのしつけはもちろん、犬猫並みのしつけもできていませんでした。申し訳ありません。」と言われて、地に膝をついて、頭を床につけて土下座されました。

私はしまったと思いました。そんな事になるとは予想もしていなかったのです。一番気になったのは、加害生徒が真っ青な顔になってショックを受けていた事です。

私はその時に自分の愚かしさに気づきました。私は教師という立場にありながら、正義の味方気取りで、加害者を見つけ出し、加害生徒と保護者を追い詰めたのでした。

その時、いじめは加害者も被害者である事に気付きました。いじめを本当に楽しんで、ストレス解消でやる生徒がいます。自分がいじめの対象にならないように、ターゲットを作っていじめをする生徒がいます。心に苦しみ、悲しみがいっぱいあって、クラスの中の空気を読みのが苦手な子をいじめる生徒がいます。

どの生徒にも言える事はいじめている生徒も苦しんでいるという事です。本当に心が満ち足りている生徒はいじめはしないものです。

どの親も完璧ではありません。でも、だいたいの親は我が子を愛し、身を削って養い育てています。私は身を削る思いをして稼いだお金を他者のために使うのはたとえ親子であっても本当に尊い事だと思います。世のお父さん、お母さん、あなた方は尊敬に値する人です。それは子どもが満ち足りるよう育てられれば一番いいですが、保護者だけでそれをするのは困難です。だから、学校があり、教師がいるのです。

私はそのような大事なお子さんを傷つけ、尊敬すべき保護者に土下座をさせてしまいました。今、謝罪したい気持ちでいっぱいです。

私は何年もいじめを解決にする事をゴールにしていました。しかし、いじめた子、いじめられた子、双方が解決後に前を向いて歩き出せるようにするのが、教師の役割です。そのゴールを目指して、いじめを解決しなければなりません。やはり、単なる犯人探しではいけなかった。何でこれをするのか、人間は失敗しても、許される、やり直せる事をじっくり語りかけながら、解決しないといけない。今はそういうスタイルを目指しています。

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