不登校の児童に卒業式練習に加わるよう説得する教師の手紙について(4)

彼は私にこう言いました。

「最近元気がないけどどうしたの?」

私はとてもびっくりしました。それから後、同僚が元気がない時、私も同じことをするようになりました。彼の問いかけに対して、私は自分に自信がなく、少しも良い宣教師ではないと感じていることを正直に話しました。すると彼は驚くようなことを話しました。

彼が高校生の頃の話です。彼は犯罪スレスレの事件を起こしてしまいました。彼の学校の校長先生と、彼の通っている教会の監督が話し合いました。監督と言うのは教会を管理する責任のある人のことで、聖書にも出てくる正式用語です。英語ではビショップといい、カトリックならば神父、プロテスタントならば牧師が近いと思います。その場は監督が身元引き受け人になると言うことで話がついたそうです。後日、彼は監督に呼び出されました。監督は彼に彼の罪はまだ許されていないと告げました。そして、彼に伝道に行くつもりはあるかと尋ねました。彼はわからないと答えました。監督は彼にこの件の監督責任は私に一任されている。私は君がもう同じ過ちを犯さないように導く責任がある。伝道に行きなさい。そして一生懸命働いて、自分が変わったと言うことを私に証明してみせなさい。と監督は言いました。

最初は許されたい一心でルールを必死に守り、必死に伝道活動をしました。ところがイエス・キリストの教えを聞いて人々が変わったり、幸せになったりするのを見て彼のモチベーションは恐怖からキリストに対する愛に変わったのです。彼は私に1枚の絵を見せました。1人の男性がイエス・キリストにハグされている絵でした。これが私の動機です。と彼は言いました。

ある人との関係がうまくいっていないと感じるときにその人との時間を作り、相手に敬意を表しながら、率直に話し合う。私はそのデートと言う習慣を学びました。

これは多くの場合、有効でした。特に生徒と向き合う時に、時間を作って、生徒の意見をしっかり受け止めると言う態度を示し、生徒に対して大事に思っているということを伝える事は本当に本当に有効です。形式的な教育相談とは全く違います。

本当にあちこちに話が飛んで申し訳ありません。もう一度本論に戻ります。私が1番疑問に思うのはこの先生は児童とデートしたのかな?児童の気持ちをしっかりと受け止めたのかな?児童が何に苦しんでいるのか把握しているのかなと言うことです。

文面から察するに、どうも私はこの先生が児童の気持ちをしっかりと把握しているとはどうにも思えないのです。

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