不登校の児童に卒業式練習に加わるよう説得する教師の手紙について(6)

Bさんのご意見

なんと!なんと!悲しいです。うちの長男はそういう練習の集団に入ることができません。でも強制するのでなく、少しずつ、それこそ倉庫の中から参加したりしています。そういう人もいるってこと、認めたくないのかな?

児童・生徒の中にはとても繊細で優しい傷つきやすい心を持った人がいます。私は仁智教育のベースをインクルーシブ教育におこうと考えています。私もまだ勉強中なのですが、インクルーシブ教育とは特別支援教育と一般の教育の垣根を出来る限り取り払う教育です。特別支援教育を受けている生徒がより社会参加しやすくなると言う視点がありますが、私がそれ以上に大事だと思うのは一般の生徒に特別支援的な指導を行うと言う発想です。つまり、より共感的受容的な指導が行われるわけです。Bさんのご意見のように繊細な子供の気持ちに寄り添う事が大事だと思います。

Cさんのご意見

俺はそんなに大きくは間違った事は言ってないと思うな。

以下、肉体精神的イジメがなかった前提で話す。

俺も学校は行きたくないなら行かなくてもいいと思ってる。ただ、それは次の質問に答えられる人間だけだ。

『じゃあ学校行かずに何するの?』

手に職をつけるのか、働くのか?

この質問に答えられないのなら学校行ったらいい。

そりゃ辛い事もあるわな。しかし逃げるな、ガキの頃から逃げ癖がついてたらろくな大人にならんぞ。

この意見も大変参考になりました。私は共感的・受容的教育を目指しています。でも、本当に子供のためを思うならどうしても厳しく指導する場面も出て来ます。そうでなければ社会に出た時にちょっとしたつまづきで立ち上がれない人間になってしまうかもしれません。

この手紙を書いた先生は、ずっと児童の事を見ていてここが勝負所だと思い切って勝負に出たのかもしれません。そもそも、保護者に手紙の文面は見られるのですから、手紙を出すのに勇気もいった事でしょう。私はこの手紙を書いた先生が児童の事を思って苦渋の決断で厳しい手紙を書いた可能性を捨てきれません。反面、児童の気持ちを理解せずに、卒業式の体裁を整える事を優先した可能性も否定できません。本当の答えは本人に聞かない限り分かりません。しかし、こうして議論が広がった事は決して無意味ではないと思います。

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