不登校の児童に卒業式練習に加わるよう説得する教師の手紙について(1)

先日、ツイッターである教師の児童に対する手紙が投稿されました。私はカッとなってこういう教師がいるから、生徒が追い込まれるんだと思いました。だけど、いろんな方と意見交換する中で少し冷静に見れるようになってきたので記事にしたいと思います。

私がまずみてしまうのは、職業病なのかこの先生の文字です。私は今までこういう文字を何度も目にして来ました。いわゆる、習字の美しい文字とは違うけれども、伸びやかで美しい読みやすい文字。教員特有の文字です。こういう文字はどうやって書けるようになるかと言えば、黒板に心を込めて何千回も板書して、生徒の日記に昼休みを潰して、毎日、全ての生徒に3行以上コメントを書き続けて書けるようになると私は思っています。そういう先生の板書はそれだけで、児童生徒を魅了する力があります。

何を言いたいのかと言うとこの先生はおそらく、丁寧に教員生活を積み重ねた先生であろうと言う事です。40代以上だろうと推察します。

次にこの手紙だけを持って、この先生を断罪する事は出来ないという事です。それをしてしまえば、私が教師にとって最も重要だと考える「寄り添う」価値観に反します。この手紙だけでは状況が分かりません。ひょっとしたら、この手紙はこの先生が悩み抜いた中で、これしかないと考えた登校刺激なのかも知れません。

ですから、繰り返しになりますが、この手紙だけを持ってこの先生を断罪する事は出来ない訳です。ただ、そこに仮定と想像を付け足して考える材料にさせてもらう事は出来るかと思います。ですから、これから書くことには仮定と想像が含まれていて、詳しく状況を聞かない限りそれが正論であるかどうかも分からないという前提で書かせていただきます。

最初にこの手紙を見た時に、それは頭に来ました。小学生にとって、卒業式は特別なイベントです。小・中・高と卒業式がありましたが、私自身の経験を振り返ると、それぞれに違う意味がありました。僕にとって、小学校はビックリ箱のように特別な場所でした。今の若い人には信じられないかもしれませんが、校舎は木造で、廊下を歩くと板張りの床がミシミシ音を立てていました。

私は木造校舎が大好きで、木造校舎の床下に入るのが大好きでした。そこに仲間数人と侵入し、ビー玉やメンコと言った宝物を埋めるのです。そのままでは分からなくなるので、目印として枝を立てたり、だいたいの位置を把握しておきます。数日して回収にいくと、だいたい盗掘されています。やられたーと悔しい思いを感じながらも、どこかワクワクしています。自分達以外にも、このゲームの参加者がいる事を確信する瞬間だからです。やられたら、やり返せと躍起になって盗掘しますが、そう簡単に見つかる物ではありません。しかし、ある日仲間の一人が不自然な盛り上がりを発見しました。僕は仲間の中でも鈍臭い方だったので、ただ、仲間が掘るのをワクワクしてみていましたが、なんとそこから、お菓子を入れる四角いカンカンが出てきて、開けると、ビー玉、おはじき、メンコと言った財宝が出て来ました。あの時の感動は今でも忘れられません。

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