DBDマーチでようやく見えた生徒指導の心理学的アプローチ(3)(前置き)


威圧的な指導はすぐに成果が出ます。生徒は怒られたくないので、必死に従います。そして、これをやったら、怒られるからやらないでおこうとパターン認識的に善悪の基準を形成して行きます。それはそれで意味のある事だと思います。

しかし、寄り添い、生徒に語りかける指導は時に生徒を内面から変える力があります。生徒に自ら考えさせる時間を作り、善悪の基準を心の内に求めるのです。この方法は生徒の自主性を引き出すという副次的な効果も望めます。

ところがある一定割合でこの方法があまり通用しない生徒がいます。私はこの生徒らのことを指導困難生徒と呼んでいます。指導困難な生徒は共感的な教師を潰します。そして威圧的的な教師にやっぱりこの方法が正しいのだと再認識させます。この悪循環が公教育に対して威圧的な生徒指導こそが唯一絶対の真理であるという風潮を作ってしまったのでしょう。

私は、何度も何度も何度もそのような経験をして、一度は自分の信念を捨てて、威圧的な教師になる努力もして、それをベテランの先輩に諌められ、やはり元のスタイルに戻りました。どうしても生徒に寄り添い語り掛ける共感的指導と言うスタイルに対する思いを捨てきれませんでした。

そんなこんなで14年間、苦労のしどうしでしたが、次第に努力の甲斐があって、生徒を惹きつける理科の授業ができるようになってきました。そうすると生徒の信頼を勝ち取ることができ、自然と生徒は僕の言うことを聞くようになってきました。生徒指導のバリエーションも増えていきました。それでも、依然として、指導困難な生徒はいましたし、指導困難な生徒に対する根本的な問題解決は何一つできていないと言う無力感にさいなまされれていました。

それまでの教師生活で、3年間、特別支援学級を受け持たせていただく機会がありました。私には特別支援に対する知識が全くありませんでしたから、これはこれでまた大変に苦労しましたが、一生懸命特別支援の研修などに行き勉強した結果、生徒に対する見方が激変しました。

そして、クラスの指導困難な生徒に対して特別支援的なアプローチができるのではないかと考え始めました。ちょうどその頃、インクルーシブ教育と言う言葉が私の耳に入りました。インクルーシブ教育とは一般の教育と特別支援教育の間の垣根を取り去ろうと言う教育です。これによって特別支援学級の生徒は、より一般社会に参画するコミニケーションスキルを獲得することができますし、一般の生徒も、特別支援学級の生徒のことを特殊な生徒ではなく、1つの個性として受け入れられるようになると言う素晴らしい効能があります。これによって生徒が自分と違う他者を受け入れると言う学びの機会になります。そしてそれ以上に私が注目しているのは、普通学級の生徒に対しても、特別支援的なアプローチを用いると言うところです。

コメント