良い人になるためには自信を持たなければならない(4)

生まれつき愛着と共感を持ち合わせていなくても、それ以外の価値観で補えば、周囲と共存する事は充分に出来ると思われる訳です。

えーと、途中ですが、私が何を言っているのかなんでサイコパスの話をしているのか、わからないと言う方も多数いらっしゃるのではないでしょうか?私にしたところでサイコパスについて全く興味も関心もありませんでした。しかし、長い間、教師生活を送る中で他の生徒の気持ちを想像することが困難な生徒やそもそも良心が欠如した生徒に出会ったのです。最初のうちは、そのような認識すら持つ事は出来ませんでした。ただただ、いくら指導しても、気持ちが通じず、どうしようもなくなって、結局強面の生徒指導主任に頼るということを繰り返しました。自分の無力感にさいなまされたり、生徒に対して人間不信になったり、それはそれは苦しい時間を何年間も過ごしました。しかし、特別支援学級の担任を数年経験し、精神医学や心理学の勉強をある程度した上で、ある時に人のあまりにも気持ちを想像することが困難な生徒やそもそも良心が欠如した生徒に出会った時に、はたとこれは病気なのではないか、病気と言う表現が適切でないならば、何らかの脳の働きの障害なのではないかと考え始めました。そういう見方で専門書を読むと今まで悩まされた生徒たちの顔が次から次えと浮かんできます。私は精神医学や心理学を生徒指導に応用することが可能であると言う確信を得たわけです。それで今ここでサイコパスについて一生懸命書いているわけです。それで私のゴールは精神医学や心理学を生徒指導に持ち込むことではなく、これはあくまで過程に過ぎません、最終的には、教師の生徒指導スキルを高めた上で、例えば校則を全廃したり、授業への参加を自由制にしたりと言う、世田谷区立桜丘中学校の実践を広めたいというのがゴールです。このような奇跡が起こったのは、ひとえに私が考えるに桜丘中学校の西郷隆彦校長が特別支援のスペシャリストであるということに起因していると思うのです。このような考え方は極めて特別支援的であり、特別支援のスペシャリストでなければこのような発想には至らないでしょうし、そもそもそのような発想があっても特別支援のスキルがなければ、普通の学校をそのような特別な学校にすることは不可能だと思うのです。

桜丘中学校のような極めて生徒の受けるストレスが低い、楽しい、生徒が生き生きと活動できる学校を作るためにはそのベースに特別支援的な生徒指導が不可欠だと考えます。たまたま私が初任の頃からずっと悩み取り組んできた生徒指導がたまたま特別支援的な生徒指導に合致したので一生懸命他の人にも普及できるような形にまとめ上げたいと試行錯誤しています。

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