良い人になるためには自信を持たなければならない(5)

次に紹介するのは少し偏った考え方ですが、

サイコパスは中国や日本に少ないのと言われます。何故なら、中国には儒教に基づく規範があり、日本にも仏教や武士道に通じる美徳があります。これらは、簡単にいうと、『自分勝手にならず、みんなで仲良く共存するための知恵』に当たります。確かにアジアの人々は欧米の人々と比べて、自己主張が強くなく、他との共存を重んじる文化があるように思われます。このような文化を持つ風土では、脳に愛と共感が欠落していても、反社会的人格になる確率は大幅に下がると言う考え方です。あまりにも極論ですが、非常に重要なポイントがあります。つまり社会の同調圧力によってサイコパスの出現率が低くなるということです。私は同調圧力の高い社会と言うのは、行きづらい社会だと思います。今は多様性が認められる時代で、社会においてもそうあるべきだと考えます。反面、時代を超えて尊ばれるべき社会的規範は存在しています。私はこの「普遍的な社会的規範」というのが良心の重要な要素であって、DBDマーチの進行を止める鍵であり、生まれながらに良心を持たない生徒や他人の痛みを感じられない生徒を指導する上での鍵になってくると考えています。

後天的に得た社会的な規範は、個人の認知によって脳に刷り込まれます。認知とは、自分の意志で決める物事の捉え方であり、これが習慣化される事で、本能と同等の強制力を発揮するようです。

従って、それ自体の意味が解らなくても、

「人を傷付けてはならないプンプン」、

「人の役に立つように行動するニコニコ」と思い込めば、自動的に周囲と良好な関係を築く事が出来るはずです。

恐らく、サイコパスの発生は、アドラー心理学によって防げると思います。

『認知論』、『課題の分離』、『共同体感覚』によって、欠落した本能は、充分にカバー出来るでしょう。

少し余談になりますが、アドラー心理学について専門的に勉強している人に相談したときに、私は「課題の分離」ができていないという指摘を受けました。問題行動を起こす生徒について、私が自分の問題として取り組んでいると言うのです。それによって私の精神に必要以上に負荷がかかっていると言うことでした。問題行動を起こすのはその生徒の問題であって、私の問題では無いのです。では、私の問題は何かと言うとその生徒に対してどのように働きかけるかというのが私の問題です。そのように彼は教えてくれました。その時はさっぱり理解できませんでしたが、その後何度も何度も思い返し、何度も同じような経験を繰り返して次第に理解できるようになりました。つまりは、問題行動を起こす生徒の問題を自分の問題として捉えると私は必要以上に疲れるのです。精神的に疲弊します。それは実は何の役にも立たないことなのです。最悪の場合、私はその生徒と距離を置くと言う選択をしてしまうかもしれません。そうではなく課題をしっかりと分離し、生徒の課題を自分の課題に置き換えるのではなく、自分の課題に集中することによって、自分のメンタルヘルスを保ち生徒を助けるために最高のパフォーマンスを発揮できると言うわけです。

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