良い人になるためには自信を持たなければならない(6)

しかしながら、私は課題の分離をする際に、重要なことがあると考えました。それは共感です。課題を明確に分離するあまり、生徒の心の痛みを感じなくなってしまっては意味がないと思うのです。ですから課題を分離しても、共感を失ってはならない。それが私の結論です。そもそも、私の問題は、苦しんでいる生徒がいたら、その苦しみを自分のもののように感じてしまうことなのです。それは重大な欠点であり、また美点でもあります。共感をするにしても課題の分離を最初にしておくのとしておかないのでは自分の精神のコントロールと言う面に於いて大きな違いが出てきます。課題の分離をして、共感能力を自分で調整するのです。共感しすぎたらダメなんです。共感しなさすぎてもダメなんです。共感を調整できるということがすなわち課題の分離なのではないでしょうか。

自信とは、広辞苑によると「自分の能力や価値を確信すること。自分の正しさを信じて疑わない心。」とあり、【思い込み】にほかなりません。よく、あいつは根拠のない自信のある奴だ。と言う言葉を聞きますが、私はこの根拠のない自信ほど大事なものはないのではないかと考えます。人間は生まれながらに誰1人例外なく重要な存在です。この言葉に根拠はありますでしょうか?今期はないでしょう。でも私はそれが真実であると確信しています。別の言葉で言えば思い込んでいるわけです。さらに別の言葉で言えばこれこそが普遍的な社会的規範だということです。

この実に抽象的な社会的規範は実体験によって裏付けられます。つまり、家庭や学校において社会的規範を教えられ、それを実践するときに自分の心の中に暖かいものを感じ、実際に家族関係や友人関係が良好になり、幸福感を感じると言う実体験です。

このように普遍的な社会的規範と実体験は不可分なものなのです。それが故に難しい点があります。すなわち普遍的な社会的批判を教わった通りに実践しているのに、何年も不遇な目にあったり、人から虐げられたり、虐待されたりという事はこの社会において、実に日常茶飯事で起こりうることなのです。そのような経験をしたときに普遍的な社会的規範に従うこと、すなわち良い人になるということなど何の意味もないことだと学習した人を責める事はできるでしょうか?私は責められません。そのような人たちを助けることが必要なのです。

「自分は●●だ」というように、自分自身をどんな人間だと思っているか、どんな人間だと捉えているかと言った、自分について抱いているイメージを、セルフイメージと言います。

どうしたら自信を持てるのか?というとき、真っ先に考えられる方法として、「私は自信がある」という、セルフイメージを持つことが有効です。セルフイメージに働きかけ、自信を持つための方法を紹介します。この方法はそのまま生徒に紹介することで生徒指導の方法として利用できます。

1-1.自信を持っている【体の状態】をつくってみる

頭、首、脊椎などを中心に「体の使い方」を調整することによって、【自信を持っている】体の状態をつくってみましょう。

この手順は、アレクサンダー・テクニークという、各部分の緊張を取って、方向性を調整することで、健康に【有害な緊張の習慣】を取り除いていく方法です。

アレクサンダー・テクニーク自体は、自信を持つ以外に、たいへん幅広い分野で有効な、基本的でありつつ、応用範囲の広い方法です。

あえて、自信がない状態を示すとしたら、

首が固まり、頭が胴体に近づき、背中が縮こまり、体が萎縮した状態です。つまり、がっくりとうなだれた状態です。

私の友人に世界的に有名なマッサージ師がいます。現在アメリカ在住の彼女とSkypeで話したときに、その時私は教師としての自信をすっかり失っていたのですが、彼女はこう言いました。

「あなたは、姿勢が悪い。どんな時も首をうなだれてはならない。頭を起こして前を向き胸を張りなさい。そうすれば何とかなるものです。」

彼女のアドバイスは実に有益なものでした。その後、心理学等を勉強する中で、体が心に影響与えるということについて学びました。

脳は、体が得た(知覚)情報から、『今こういう状況なんだ』と認識します。ですので、セルフイメージが高まるように体を整え、意識的に姿勢を変えて、セルフイメージを高め、自信を持つ手助けにしていく事が大切です。

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